眼鏡橋

秋月への入り口に構える 歴史ある花崗岩の橋

1810年に建てられた「眼鏡橋」は正式名称を「長崎橋」といいます。 福岡藩が行っていた長崎警備を秋月藩が代理として務めていた頃、秋月藩8代藩主の黒田長舒は、長崎の中島川に架かる眼鏡橋に着想を得て、これを秋月にも再現したいと渇望しました。

もともと木は造の橋でしたが、野鳥川洪水の際に流されてしまうことが多かったため現在の花崗岩に置き換えられました。

家長・宮崎織部を総責任者とした橋の建設には実に2年近くを要しましたが、橋は完成直前に倒壊してしまい、この事が当時病床にあった長舒の死を早めたともいわれています。

1956年4月、文化財としては珍しい花崗岩からできていることもあり有形文化財に指定されました。

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